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2009年 MANX Rally 参戦記(前半)
-あんなことこんなこと、16人の同行クルー珍道中-
7月2日

梅雨空の中をラリークルーがまず、ロンドンヒースロー空港へ向けて成田から発ちました。今回はレッキ(Recce : 試走)日程の都合上、3班に分かれて渡英となりました。約12時間のフライトの後、乗り継ぎ便でマンチェスターまで。現地パートナーの出迎えを受け陸路、拠点にしているサウスポートへ。そして丸2ヶ月振りに先に着いていたラリー車と対面しました。
7月3日
第2班のサービスクルーが運んでくる、サービスカーの積み荷を準備をして、ラリー車に乗って夜のフェリーでいざマン島へ。夜といっても、イギリスの夏は日がとても長いので、日暮れの頃にダグラスに到着。マン島滞在中の宿泊先は"Sefton Express"といういわゆるビジネスホテル。通称エアポートホテルと呼ばれ、工業団地の入り口に位置し、島の空港から徒歩4分というロケーション。今後ラリークルーは本番迄の中途半端な数日、毎日のように空港に散歩に出かけ、プロペラ機の離発着を見ながらお茶を頂くことになり、後発組にはここで思わぬドラマが待ち受けているのですが…。
7月4日・5日
朝、空港でレンタカーを受取って(レンタカー屋が遅刻)レッキへ。久しぶりのクルーでの作業に、コンビネーションもやや手探り気味。島という限られたエリアで行われる特異なラリー。標識もすこぶるシンプルなので(あれこれ名前が出てこない)2日間のレッキが終わる頃には、地形がだいぶ頭に入り地図も要らない程になりました。
7月6日
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2日間のレッキが終わり、空白の2日間がやってきました。ヒストリックカテゴリーの 1/3 近くがManx Man、残りのはメインランドの人なので、レッキがを済んだら皆、一度帰って再度渡る人が殆ど。さぁ、残したセッティングをしてサービスクルーの到着でも待つか…ところが間抜けなことに、道具を忘れオイル交換ひとつできないありさま。旅程の終盤で訪れるウェールズのお友達から、マン島在住のお友達の住所と連絡先と、電気の設備はないけれどガレージを使えるように話をつけてくれた旨聞いてはいました。でも、悪あがきはやめて満足にしていない慣らしに徹しようと、島をどれだけぐるぐる回ったことか。エンジンはだいぶ軽やかに、そして何より島の地理に相当詳しくなりました。車を停めれば、声をかけられることもしばしば。「もしかして20年前に来た日本人か??」
ラリーを走る前から、20年前とは何だか違うと感じていました。これで本番を走ったらどうなるのかな…。
その頃、サービスクルー+αの総勢10名は、イギリスへ向け出国していました。ヒースローへ着陸するところまではよかったのですが、そこから先にはメンバーの誰もが予想だにしなかった大番狂わせが待っていたのです。
着陸前の天候は大雨。雷も鳴っていたようで(どうりで揺れた訳だ)着陸こそしたものの、他の便が離陸できないので滑走路への通路が渋滞、ゲートからも出られない飛行機がいてゲートに入れないで渋滞。結局着陸から席を立つまで約1時間!空港内は混乱を極めていて、乗り継ぎ便も同様に遅れていたので乗り遅れることはありませんでしたが、手荷物検査の係員の態度の悪いこと悪いこと。やっとの思いでマンチェスター行きに搭乗したら、今度は離陸まで40分以上。どうも現地人は国内線が遅れることなど日常茶飯事なのか、皆どこ吹く風。飛ぶ前から陽気な男性客室乗務員から軽食を振る舞われました。こっちはいささかウンザリなのに…。ようやく飛んだと思ったら、あっという間にマンチェスター着。これだけの為にどれだけ待ったことか。ターミナルを出ると21時になろうかという時分。そして更なるトラブルが!レンタカー屋でドライバー指定が上手くいかず約1時間。さすがに日も暮れてきて、憔悴しきってしかも寒い!なぜか逆ギレされながらも車を2台借り、サススポートまで移動してホテルにチェックインした頃には、日付が変わろうとしていました。こうして「長すぎた」7月6日はようやく終わったのでした。
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7月7日
この日に予定していたサービスクルーの荷造りは、先発ラリークルーが概ね済ませていたので、束の間の休息日となり2台2班に分かれてサウスポートの街を観光したり、現地パートナーの家へ行ったり,思い思いの1日を過ごしました。サスポートはリバプールより少し北に位置し、もともとは避暑地として人気の街だったそうです。その名残か、お年寄りがのんびり暮らす姿を多く見かけます。4年ぶりのサウスポートでしたが、辞めてしまったお店・空きテナントが目立ち、驚きました。世界的な不況が、こんなのんびりした街にまで波及していたのですから。2代続いたミニカー屋さんもミニカーを扱うのをやめ、『京都』という名前の中華料理店も、盆栽屋さんもなくなっていました。
7月8日
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安息日から一夜明け、サービスクルー+αはサウスポートのホテルを一旦引き払い、11時のフェリーでいよいよマン島へ渡ります。先に入っているクルーと合流して、レッキ&慣らしですっかり詳しくなった島の中を案内してもらいました。
ご存知の通りマン島は、二輪の公道レースで有名です。一般道がサーキットに早変わりするのです。公道コースは、TTコースなど全部で3つあり、コースになっている箇所はカーブに差し掛かると縁石が黒/白のゼブラになっていたり、隣接する木にクラッシュパッドが巻いてあったり、バリア(スポンジではなく中身は干し草など)が置いてあったりします。島の道はお世辞にもいい道とは言い難く、フツーのただ舗装されている道。車で走ってもうねりをかなり感じるので、こんな処で二輪レースなんて大丈夫なんでしょうか。DVDでレースの模様を見ましたが,これだけバンピーな道なのでやっぱり飛んでました。ちなみにレース方式はラリーのTCスタートのように一定の間隔をおいて1台ずつ走行するようで、追いついたり追いつかれたりしない限り(ところが結構あるみたい)単独でのタイムトライアルです。
さて、フェリーの着く島いちばんの街ダグラスから北東に向かってラクシー (LAXEY) →ラムジー (RAMSEY) とドライブしました。マン島には馬が動力の軌道(馬車鉄道)、蒸気機関車や採掘坑を走った小振りの機関車や、古い路面電車が幾つも残っていて、初夏〜晩秋の観光シーズン中、元気に走っています。一度は自動車の普及で衰退したそうですが、島の歴史を語る観光資源として見直され,現在は国とボランティアで運営されています。キチンとレストアされた機関車や電車が当たり前に走るこの光景に、自分たちの作ったものを残して共存していくことがここの常識なんだと感じました。
夕刻、ラリーのヘッドクォーター(本部)やサービスのあるTTコースのグランドスタンド前の公園に寄りました。マン島ラリーは島の中で行われる故に少々特異で、メインランド・大陸などの一般的な広域に渡るラリーとは違って、サービスが競技車の動きと相互して移動することはありません。またセキュリティーの確保が困難な為、パークファームでの車輛保管という規則もありません。逆の見方をすると、1日何とか持ちこたえれば、一晩中かかって直すのもOK、という訳です。さて、グランドスタンド前。ヒストリックのサービスパークは殆ど芝生。大きなチームは既にテントやトランポ・競技車を置いて自由に場所取り。我々もならって捨ててあったコンパネ(ベニヤ板)で場所取り。グランドスタンドにそびえるタワーの両裾には、各国の旗。日の丸も揚がっていました。ゼッケンを受け取りBBQに参加。風も強くて寒いしどうしようかと思っていましたが,パティを現場で焼いてくれていて、バンズに挟んで頂きました。シンプルだけど意外と美味しくて、頃合いの夕食になりました。
その頃日本を最後に発ったスペクテイター組は、順調に飛行中。イギリスに着いた日は、リバプールのフェリー乗り場そばに一泊して、いよいよこれで今回の同行ツアー総勢16名が揃います。
7月9日
ラリーのスケジュールは14:45〜の車検のみ。ゼッケン貼りなど車輛のことはサービスクルーに任せて、スペクテイターはラリードライバーの案内で、路面電車 "MANX ELECTRIC RAILWAY" に乗りにいきました。馬鉄の走るダグラスのプロムナードの端に路面電車の駅はあり、二両編成で私たちを出迎えてくれました。電車はのんびりと島の東側の海岸沿いを、時に民家の軒先をかすめながら北上していきます。家壁の白とハンギングバスケットのカラフルな花の色、木々や丘の緑、そして遠方に目をやれば海の青。夢のような時間です。車体は木の椅子までもがギシギシときしみ、でもそのきしみでやれた線路と車体とがシンクロして全体のバランスが取れているという印象を受けました。操作も独特のクセがあったり、操る側が個体に合わせながら、なのでしょう。きっとミニなど旧い車のそれと同様に違いありません。
ラクシー駅に到着。ここは中継点になっていて、折り返す電車とさらに上、アプト式のスネーフェル登山鉄道の発着点になっています。駅舎のカフェでカプチーノを飲む間に、登山鉄道が発車していきました。続いてダグラスからの電車が到着したのですが、何と車椅子用リフトのついた特別編成車輛で、続々と車椅子に乗った観光客と介添の人たちが下りてきて辺りを散策していました。中継点だけあって線路が何本も引かれ、そこで車輛の入れ替えが行われます。足で蹴飛ばしてポイントを切り替えたり、手動で電気の供給される線の向きを変えたり、緩やかについた傾斜を利用しての客車の入れ替え等、人の仕事を興味深く観察した後、ダグラスへ戻る電車へ乗りました。往きは木の長椅子でしたが、帰りはベッチン張りのふっくらした対座席で車窓からの景色をより楽しめました。
ダグラスに戻り、街をささっと下見して、昼食をテイクアウト。イギリスといえばマズいメシ、と行ったことのない人までもが言うことですが、私個人的には「郷に入っては郷に従え」が旅のモットーなので、大きく失望したことはありません。‥何というか、そもそもあまり期待していないのかもしれません。彼らは食べることにそこまで執着がないのかも。それと、日本人の舌が肥えすぎている(これはよくいわれることですね)んでしょうか。テーブルには、何にでももれなく付いてくる(むしろこちらが主役なのではと錯覚するほど)チップスことフライドポテト対策なのか、塩・胡椒・モルトビネガーがドカンと置いてあって、「ま、後は好きにやんな」といわんばかりです。最近では、ハインツの小分けソース [ サラダクリーム・モルトビネガー・ケチャップ・マスタードソース・ワサビソース etc.… ] がバスケットに入って置いてある、そんなパブも多く見られました。お魚とスキャンピ(小エビ)、乳製品、豆は総じて美味。但し、食べ続ければ当然飽きますが。あとイタリアンやインド料理のお店はあんまりハズレのない印象です。
14時着ダグラスのフェリーで最終組が合流。すこぶる順調…かと思いきや,1名の預け入れ荷物が行き方知れずに!マンチェスターで受け取れず、マン島の空港で受取れるよう話をつけて渡ってきたのですが、予定されていた便には乗っておらず、聞けば搭乗者の荷物が優先(当たり前だ)、小さい飛行機ばかりなので容量が限られており、空いていれば乗せられるけど、無理だと延び延びになるそうで、今晩かもしれないし、明日かもしれないし…。となると着替えがない。ラリーヘッドクォーターに設けられた公式グッズの売店で、08年のTシャツをアウトレットプライスで販売していたので4枚、ウォータープルーフのジャケットをそれぞれ購入。下着を探しにスーパーマーケット TESCO へ。私たちがなじみの深いサウスポートの TESCO は、とてつもなく大きくて品揃えも豊富。そのつもりで行ったらダグラスの TESCO は衣料品ナシ。大慌てでM&Sにいったら、閉まってしまったところ。小さな島で万策尽きて、がっくり…ケンタッキーでテイクアウトして、ホテルでみんなで夕飯となりました。パンツは1枚誰かに借りたようです。
明日はラリー当日。9年ぶりのラリー、以前に経験のある人、初めてサービスに参加する人間、初めてラリーを目の当たりにする人,各々の眼にどのように映り、みんな何を感じるんでしょう…。
中編へ続く
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